科学社会学会2016年度第5回年次大会プログラム
日時:2016年10月29日(土)、30日(日)
場所:東京大学本郷キャンパス法文1号館
地図:http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_01_j.html
参加費:会員2,000円 非会員3,000円
懇親会費:会員・非会員5,000円 学生会員・学生非会員3,000円
10月29日(土)
9:30-11:30
セッション1:環境・技術・意思決定
司会:定松 淳(東京大学)
1-1 辻 信一(名古屋大学)
技術基準としてのトップランナー方式の導入過程
1998年(平成10年)6月に改正されたエネルギーの使用の合理化に関する法律[1](省エネ法)(昭和54年6月22日法律第49号)において、いわゆる「トップランナー制度」が導入された。この制度は、民生用のエネルギー消費機器のうちエネルギー消費量が顕著なものを「特定機器」として指定し、省エネルギー性能(エネルギー消費効率など)の目標基準値およびそれを達成するまでの期間を定めて、当該機器の製造者などに対してその目標の達成を求める制度である。
目標基準値制定時における当該機器のうち最高の性能を有するものを参考にして、その後の技術進歩を考慮して目標基準値を設定するところから「トップランナー制度」あるいは「トップランナー方式」と呼ばれる。1999年(平成11年)4月の施行以来、民生品の省エネルギー対策に効果を発揮している。
この制度に関しては、これまで、その効果についての経済学的分析をはじめ、多くの研究がなされているが、この制度について、これを技術水準を基準として設定された環境規制値(いわゆる「技術基準」)の1つの形態と捉えて、その政策誘導における意義や導入経緯について研究したものは、あまりないように思える。本稿では、設定される「目標」としての性質を帯びた基準値が通常の基準値とは意味合いを異にすることに焦点を当て、制度の導入に携わった当時の通商産業省の担当者へのインタビューなども参考にして、技術基準という観点からこの制度がどのような性質を持ち、どのような着想に基づき導入されたのか、その経緯と意義を明らかにする。
[1] この法律の名称は、平成25年改正で名称が改正され、現行の「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」に変更された(「等」が加えられた)。
1-2 楠美順理(中京大学)
「意思決定」支援のための望ましい教育像について
科学技術に関する教育や環境教育において、考える力を伸ばす教育の重要性は繰り返し強調されてきた。また、3.11を受けた日本において原発の是非についての判断を促す教育は極めて重要である。これらから、考えることつまり思考のうち、特に判断-つまり意思決定-に注目し、その望ましい教育像について論じる。
意思決定理論は一般に規範的アプローチと記述的アプローチに分類される。前者は望ましい意思決定を支援するためのもので、後者は意思決定のあり方がどのようかを理解しようとするものである。
筆者はまず、私的な意思決定の枠組みを次の4点に整理した。1)判断の選択肢となる具体的代替案の整理、2)判断の根拠となる論点の整理、3)論点ごとの判断、4)包括的判断の4段階を踏むこと。以上4点は、規範的アプローチからの意思決定理論の一つの整理に該当する。
次に、環境教育における意思決定についての教育がどのような枠組みで実践されてきたかをレビューした。“Environmental Education Research”、“Journal of environmental education”、日本環境教育学会『環境教育』一誌の計三誌を対象に、オンラインで検索可能な過去50年間の論文をレビューした。この内、「判断力」ないし「意思決定」というキーワードがヒットした文献は数えるほどしかなく、判断力ないし意思決定の教育の枠組みを論じたものは一編のみであった。そしてそこでの意思決定の枠組みは1~4と同様のものであった。
以上から、上記の1~4の意思決定の枠組みに基づく具体的教育方法の検討が必要と捉えている。この考え方から、原発の是非をめぐる教材を開発・実践し、一定以上の評価を得てきた。将来的には、私的な意思決定であっても、他者との関わりを想定する記述的アプローチからの視点も含めたい。
1-3 伊藤 康(千葉商科大学)
環境政策とイノベーション――高度成長期日本の硫黄酸化物対策の事例研究からの考察
環境政策がイノベーションを促進するためには何が必要か。これは依然として、環境経済学という学問分野における重要なテーマである。本書は、高度成長期(1960年代から70年代半ば)の日本における硫黄酸化物対策(SOX)排出規制およびその関連政策が、その削減にどのように寄与したのか検討することを通じて、この問題について考察している。
SOXは、高度成長期日本の代表的な大気汚染物質であり、一時は全国各地で甚大な被害を発生させたが、比較的短期間のうちに大幅な排出削減を達成することができた。日本の高度成長期の公害対策は、経済に大きなダメージを与えることなく大幅に環境改善を成し遂げた分野が多いことから「成功した」と評価されることが多いが、SOX対策はその典型と言ってよい。SOXの大幅削減には、当時からすれば「画期的」および「漸進的」イノベーション(排煙脱硫、重油脱硫、LNG等)が寄与した。一般に、環境規制と技術開発・イノベーションについて言及される際には、「環境規制を導入・強化したので技術開発が進み、イノベーションが起きた」と捉えられることが多いが、そのような単線的な関係のみがあるわけではなく、「ある程度技術開発が進んだので、厳しい環境規制を導入することが政治的に可能になる」という面もある。すなわち、環境規制と技術の間には「相互依存関係」が存在しているが、本報告では環境政策の形成プロセスとそれへの反応を丁寧にフォローすることで、この視点を重視した。そして状況証拠を積み上げるという形で、日本のSOX対策に関してこれまで明らかにされていなかった事柄(何故一部の企業が積極的に環境対策を行ったのか等)に対する解答を「仮説」としていくつか提示した上で、「アウトサイダー」の存在が適切な環境政策導入のためには重要な役割を果たすこと、それを許容するような環境政策の枠組みが、環境保全型技術開発を促進するためには必要であることを示した。
9:30-11:30
セッション2:公共性と専門集団
司会:三上剛史(追手門学院大学)
2-1 木原 英逸(国士舘大学)
公共性を騙る学協会――日本学術会議「報告 科学者から社会への情報発信のあり方について」を評す
2014年1月31日 日本学術会議 総合工学委員会・機械工学委員会合同 計算科学シミュレーションと工学設計分科会が「報告 科学者から社会への情報発信のあり方について」を公表した。「信頼に足る科学・技術の成果の上に立って」「適切なアドバイスがあってほしいという、国民の要求、期待があったにもかかわらず、現業組織が対処しなかったという」(「報告」7頁)「東日本大震災当時における科学情報、特にシミュレーション[計算予測]に関連する情報発信」の「遅滞や失敗の教訓と反省の上に立って」(5頁)、「現業組織の活動を支える」(7頁)「科学者からの自律的情報発信のために必要な組織とプロトコル[手続・手順のルール]整備」(ⅳ頁)を求める提案であった。
報告の目的は、公益的な現業組織と「行政から独立した自律的な科学者」の情報発信組織をどう作るかにあった。そして、作られた情報をどう発信するか、そのあり方にもっぱら焦点化して、自律性の確保、公益の確保を目指した。
しかし、その結果、報告はその目的を裏切って、自律性の点でむしろ脆弱な二段階組織を提案することになったのではないか。それは、二段階組織が独立した第三者の立場で貢献するとの前提が問われることがなかったからではないか。
東日本大震災後、公共性を騙って繰り返された学術界の対応の中で検討する。
2-2 芝崎美世子(大阪市立大学)
研究不正の事例からみた内部通報制度と公益通報者保護法の限界
近年、日本では、STAP細胞事件、ノバルティス事件など研究不正に関わる事件が大きく報道され、社会的な注目を集めてきた。これらの事件では、研究不正の原因として、研究者の資質や研究倫理教育の問題などが指摘されているが、研究体制や研究費配分など、様々な関係者の利益が複雑にからみあっており、研究者個人の問題にとどまらない。
このような研究不正については、研究者本人の倫理的な自主規制、科学コミュニティにおける相互規制、行政指針などによる行政的な規制、法律による法的規制などの規制が重層的に存在する。
現在、多くの企業や大学、研究施設では、2006年4月施行された公益通報者保護法などを受けて「内部通報制度」が設けられている。しかし、本法は、法案審議の当初から、公益通報を促すものとはいえず、かえって抑止するものとの指摘がある(「公益通報者保護法日弁連改正試案」2015)。近年の研究不正の事例を見ても、外部からの指摘や組織内からの「内部告発」がその発覚のきっかけとなっており、「内部通報」は、岡山大学解雇事件のように、研究不正の是正や抑止に効果が見られず、通報への抑圧を生じさせる傾向にある。
他方、過去の公害問題や環境問題などの訴訟においては、企業や行政からの情報公開が進んでおらず、外部の科学者や内部告発者からの情報提供が重要な役割を果たしてきた。本報告では、こうした科学者による「公益通報」について、近年の研究不正の事例を中心に、内部通報制度や法規制との関係を考察する。
2-3 立石 裕二(関西学院大学)
放射線疫学にかかわる科学者集団の社会学
福島第一原発事故のあと繰り返し批判の対象となってきたのは、「原子力ムラ」と呼ばれるような、原子力や放射線にかかわる科学者集団の特殊性である。島薗(2013)は多くの事実を発掘した上で、放射線影響研究にかかわってきた科学者集団の閉鎖性、政府や発電事業者とのつながり等を明らかにしている。ただ、こうしたエピソードは他の領域でも多かれ少なかれ見られることである。原子力・放射線だけの特殊性はあるのか。あるとすれば、それは何なのか。本研究の目的は、「ムラ」批判の問題意識を受け継ぎつつ、放射線影響にかかわる科学者集団の特殊性について、系統的データを用いて検証することである。放射線影響研究の中でも、ヒトへの長期的影響を知る上でもっとも重要な分野である「放射線疫学」に絞り込み検討した。
分析方法としては、疫学分野全体の研究者ネットワークを描き、その中での放射線疫学の立ち位置を検討した。データは科学研究費補助金データベース(KAKEN)からダウンロードしたものを用いた。グラフ可視化ソフトウェアGephiを用いて共同研究のネットワークを描いた上で、放射線疫学の研究の分布状況、原発事故後に政府系の会議に参加した研究者の立ち位置、批判的な立場で発言した研究者の立ち位置などを分析した。また、個々の研究プロジェクトの内容や、新聞記事・学会ニュースレター等から得られた各研究者の背景と照らし合わせて検討した。研究者ネットワークという形で可視化した上で議論することで、放射線影響にかかわる科学者集団がもつ構造上の特徴、およびそれが放射線影響をめぐる議論(立石 2015)に与えた影響を明らかにしたい。
【参考文献】
島薗進, 2013『つくられた放射線「安全」論 : 科学が道を踏みはずすとき』河出書房新社.
立石裕二, 2015「環境問題において不確実性をいかに議論するべきか : 福島第一原子力発電所事故後の放射線被曝問題を事例として」『社会学評論』66, 412–428.
12:00-12:40 理事会
12:40-13:20 総 会
13:30-15:30
セッション3:数理・理論
司会:志田基与師(横浜国立大学)
3-1 大林真也(東京大学・日本学術振興会)
社会学のなかの数理社会学――分析社会学の可能性
現在、いわゆる「社会学」と「数理社会学」の間には大きな溝が存在するように思われる。本発表では、社会学と数理社会学はどのような関係にあるべきか、またそのためには何をするべきなのかを議論する。そのための手がかりとして「分析社会学(Analytical Sociology)」を取り上げる。分析社会学は、経験的社会現象のメカニズムを解明するという目的を持った社会学の一分野であり、数理社会学(合理的選択理論)と近親関係にある。
その一方で、分析社会学の(実践的な)特徴として、数理社会学よりも、「経験的な現象」に力点を置いており、必ずしも数学的定式化を必要としないということがあげられる。そのため、他の多くの社会学で見られる経験的な研究とのつながりを持ちやすく、数理社会学がたびたびさらされる「抽象的な机上の空論」という批判からは免れやすい、という長所を持っている。しかし、数学定式化を必ずしも志向しないという点から、厳密な理論構築という数理社会学の持つ長所を持ってはいない。また、経験的な現象に焦点を当てる一方で、明確な理論志向を持っているわけではないという点から、その現象を説明できるだけのアドホックな分析の提示に陥る危険性もはらんでいる。
このような分析社会学が独自に社会学のなかで一定のシェアを占めるようになるのか、あるいは社会学と数理社会学をつなぐ仲介的な役割を担っていくのか。分析社会学の特徴や具体的な研究を吟味することを通じて議論していく。
3-2 金井雅之(専修大学)
数理社会学は政策提言にどのようにかかわりうるか―― 可能性と限界
社会現象の生起メカニズムを「モデル」を用いて分析的に解明しようとする数理社会学は,明らかになったメカニズムに対して適切な介入をおこなうことによって,より望ましい社会的な結果をもたらすための政策提言をおこなえる潜在的可能性を秘めている.このことは,数理社会学の目的をめぐる国内外の言説においてしばしば指摘されてきたものの,現実にはすべての数理社会学的研究がこの目標を達成できているとは言いがたいのが現状である.
そこで本報告ではまず,数理社会学ないしそれに相当する国内外の社会学の潮流(たとえば分析社会学)における,研究コミュニティの目指すべき方向性についての言説において,政策への関与がどのように位置づけられてきたかを学説史的にレビューする.その上で,国内外の数理社会学ないしそれに相当する潮流における代表的な研究のいくつかをとりあげ,政策提言との距離,およびどうすれば政策提言につながるような形に発展させられうるのかを検討する.最後に,政策提言に関与することが,学問的および社会的に,どのような潜在的問題点を含みうるのかについても検討したい.
3-3 前嶋直樹(東京大学)
闇を削りとる社会調査――Webスクレイピングを用いた調査の可能性と諸問題
社会科学において,近年,ビッグデータに対して非常に強い注目が集められている.ビッグデータの社会学への活用については,それが従来の社会調査と比べた時に桁外れに大きいサンプルサイズを扱うことから,その量的な変化に目が向きがちだが,実際には,そこには社会学理論に思いもよらぬ変容を迫り,全く新たな研究領域を生み出すポテンシャルが存在する.本報告では,主に欧米を中心とするビッグデータを用いた社会学的研究の動向を整理し,その後,インターネット上に存在する有意味なデータを収集する手法である「Webスクレイピング」が持つ可能性を,報告者が過去に行ったいくつかの研究事例を引きながら,質問紙調査などの伝統的な社会調査の技法と対照する形で論じる.Webスクレイピングは,例えば性産業のように,従来はフィールドワークなどのsmall-Nの質的研究が担ってきたようなアクセスが困難な対象について,量的な輪郭を得ることを可能にするという点で,社会調査の新たな道を拓く.しかし一方で,Webスクレイピングを行うに際しては法的・倫理的な問題が付随するため,これらの問題点や限界についても同時に議論する.
討論者:有田 伸(東京大学)
ある社会の構造や制度的な特徴を理解するために、社会間での比較研究は有益な方法の1つである。このような比較社会研究はさまざまなアプローチに基づくことができるが、本発表では、複数の社会を対象とした社会調査を実施することによるメリットについて考えてみたい。比較社会調査は、得られたデータの計量分析によってそれぞれの社会のあり様を確かな形で示してくれるだけでなく、複数の社会に対して適用可能な調査票を作成し、実際に調査を行うというそのプロセス自体を通じ、各社会の特徴が鮮明な形で露わにされ得るという効用をもつ。
発表者が携わった2005年SSM(社会階層と社会移動)韓国調査も、韓国の、そして日本の社会についての新たな発見をもたらしてくれるものであった。2005年のSSM調査では、日本社会で実施されてきたものと同様の調査を韓国、台湾においても実施することとなったのであるが、韓国社会は日本社会と比較的似通った部分が多く、また言語面でも大きく類似しているため、調査票を翻訳し、韓国のひとびとが違和感なく回答できるよう質問文を調整することはそれほど難しくないと当初考えられた。しかし、実際にはその過程において、「調査対象者の従業上の地位・雇用形態」というきわめて基礎的な質問項目が、そのままの形では韓国社会には適切に適用され得ない、という予想外の事態に直面することとなった。
この経験から発表者は、日本の社会調査において尋ねられている「従業上の地位・雇用形態」とは、客観的に定義されるカテゴリーというよりも、社会の構成員自身によって特徴的な形で構築されたカテゴリー体系であるという事実に気づくことができた。本発表では、このような比較社会調査の経験や政府の雇用統計の移植過程等の検討を通じて得られた知見について、さらには社会調査というプロセスが比較社会研究にもたらすメリットについて、より詳しく論じていきたい。
16:00-18:00
セッション4:科学技術政策における「コミュニケーション」主義批判――「構造災」の視点からの比較検討
司会:寿楽浩太(東京電機大学)
4-1 朝山慎一郎(国立環境研究所)
気候変動問題で問われていないのは何か?――科学の単線モデルが作り出すコミュニケーションの断線をめぐる一考察
気候変動をめぐるコミュニケーションには様々な断線が走っている。それは巷でよく言われる、人為的な地球温暖化の科学的根拠に関する「主流派科学」対「温暖化懐疑論」といった論争の類のものではない。むしろ、より深刻な裂け目は、科学者や環境NGO、産業界、政府関係者等の気候変動の専門家コミュニティの「熱狂」と一般市民等の他の社会アクターの「無関心」の間にあり、このコミュニケーションのずれは、根本的には、科学による問題設定のフレーミングを大前提に政策決定を促進しようとする「単線モデル」あるいは「科学第一主義」と呼ばれる政策決定のあり方にあるのではないか。
2015年末のCOP21で締結されたパリ合意は、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて「2℃未満」に抑えることをその長期目標に定めた。この合意を後押したのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による「科学的コンセンサス」に基づいた科学的助言である。しかし、パリ合意は気候変動政策の歴史的な転換として大きな称賛と期待を集める一方で、その合意の「2℃未満」の社会的な意味が広く社会全般に共有されているとは言い難い。むしろ、専門家の間では2℃目標の「必然性」はある意味で当然視され、「実現可能性」ばかりに議論の焦点が絞られている感がある。そこでは、なぜ2℃を目指すのが望ましいのか、2℃を達成した将来はどんな社会なのか、はほとんど語られない。
しかし、そもそも問われるべきは2℃目標をめぐった社会の様々な価値観・イデオロギーの問題であり、それにもかかわらず、科学による問題設定のフレーミングはそうした対立軸を覆い隠すだけでなく、お互いの価値観の違いを超えて依拠すべき(規範的な)共通項の形成をも間接的に阻んでしまっているのではないだろうか。本発表では、そうした気候変動のコミュニケーションの断層の構造的な背景について批判的に検討したい。
4-2 標葉隆馬(成城大学)
日本の科学技術コミュニケーションに潜む課題――再生医療の事例から
本研究では、幹細胞・再生医療研究を事例に、研究者と一般回答者の間のコミュニケーションに対する意識の差異を浮き彫りにすることで、科学コミュニケーション活動が持つ関心と政策的背景の課題を検討する。
幹細胞・再生医療は、ヒトiPS細胞の樹立を始めとして、近年わが国発の様々なブレークスルーが登場している。またより最近では、また理化学研究所においては、ヒトiPS細胞を用いた加齢黄斑変性治療の臨床試験がスタートするなど、幹細胞・再生医療分野は重点領域としての存在感と共に、その注目度をますます高めつつある。しかしながら、幹細胞・再生医療研究においてもコミュニケーション活動の推進が議論されてきた一方で、コミュニケーション活動を巡る「一般の人々の関心事項」と「研究者側の伝えたい事柄」の差異といった、基本的な情報の収集は十分に行われていない。幹細胞・再生医療研究のような倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: ELSIs)の議論を図らずも含むこととなる萌芽的な科学技術領域のコミュニケーションでは、なおさらこのような差異の有無、あるいは関心の違いの実態について敏感である必要があるだろう。またこれまでのコミュニケーション活動と同様に繰り返される構造的な問題は隠れてはいなかっただろうか。
このような背景から、本調査では、一般の人々と研究者、それぞれの関心事を明らかにすると共に、両者の間の関心と意識の差異について検討した。その結果から、活動面、また政策面までも含めた、これまでの科学コミュニケーション活動をめぐる課題について検討を加える。
4-3 寿楽浩太(東京電機大学)
「理解活動」主義が再生産する政策の失敗軌道――高レベル放射性廃棄物処分政策における「構造災」の一兆候
発表者は過去3回の本学会大会で、日本における高レベル放射性廃棄物(HLW)の処分問題に関して、表面的な政策見直しとは裏腹に、実際には政策の失敗軌道が継続・再生産されている可能性を「構造災」(松本2012)の視点から批判的に検討し、報告してきた。
既報の通り、問題に関して何らかの「進展」が見られる諸国では、早期に「価値選択」の議論を経て原則や方針についての明確な合意を得る努力や、内外の失敗経験を含む専門知(学術的な知や実務家や政策担当者が有する実践的な知)を常に積極的に収集し、その含意を自らの政策や事業に継続的に反映させるための様々な工夫が認められる。
しかし、日本の政策形成・実施過程では、3.11災害後の政策見直しにもかかわらず、この問題を依然として「処分場の立地問題」とみなし、安全上の懸念の払拭を目指すという、福島原発事故以前からのフレーミングが継続している(寿楽2013, 2016)。
この結果、例えば政府・推進機関による「シンポジウム」等においても、彼らがHLW地層処分の安全性や必要性、あるいは立地プロセスの妥当性を訴えるのに対し、一般参加者からは原子力政策の見直しの要求や立地における原則的考え方(例えば処分場の箇所数や都市—地方間の負担の分配)についての意見が出されるなど、実態としての「コミュニケーション」は不全のまま「理解活動が成果を挙げた」という総括がなされるなどしている。
こうした現状が、政策の失敗軌道修正に向けた相当の努力を経た上でのことである点は、まさに「構造災」の重大な兆候とも言える。本セッションでの他分野にかんする報告にも目配せをし、批判的かつ建設的な検討を加えたい。
討論者:田中幹人(早稲田大学)
10月30日(日)
9:30-11:30
セッション5:理論・学説
司会:小松丈晃(東北大学)
5-1 菊地宏樹(東京大学)
経営学における技術の社会的形成アプローチとその応用可能性について――新幹線の発展過程を例に
従来の経営学の研究においては、技術決定論的な見方を前提に置く研究が多く、組織は技術の特性に基づいて受動的に決定されるという想定が主流であった。経営学の有名な分野である製品アーキテクチャー論もこういった想定が置かれている。しかしながら、昨今、企業の経営環境が急速に変化するようになったことで、大企業ですら明日も知れない状況になっており、このもとで企業が存続していくには、適切なタイミングで組織の構造を素早く変更するのはもちろん、社会、および、組織側が技術を能動的に管理していくことも求められるだろう。こうした問題意識から、近年の経営学ではイノベーション論・製品開発論において技術の社会的形成(Social Shaping of Technology : SST)分野の研究を参照し、取り入れようとする試みが見られる。その例が、「研究アプローチ」としてのSSTを提唱した原(2007) であり、SSTのレビューを丁寧に行い、経営学との接合可能性を検討した宮尾 (2013) である。また、解釈の柔軟性を用いて技術システムの構造化理論を提唱した加藤 (2011) もSSTに対して高い親和性を持っていると考えることができよう。
本報告では、以上のような研究を踏まえて東海道新幹線を中心とした新幹線発展の過程の調査・分析を行う。日本で最初の新幹線である東海道新幹線開業以来、新幹線は技術的な要因と社会的な要因が複雑に絡み合って発展を遂げてきた。世界に類を見ない200km/hを超える速度で開業しておきながら、20年にわたりその速度が据え置かれていたという事実にもその一端を見出すことができるであろう。こうした込み入った事実を公表されている資料や関係者へのインタビュー調査から明らかにし、研究開発に対して社会的主体が能動的に関与できる可能性を模索する。
5-2 山本耕平(京都大学)
疑似科学の科学性評定にかんする計量分析――政治と科学に関する意識調査(PIAS)より
本報告では、どのような人びとが疑似科学を科学的なものとして受容しやすいのかについて定量的な分析を行う。従来、疑似科学の受容や利用に関する実証的研究は心理学的なメカニズムに注目するものが多く、どのような人びとが疑似科学を受け入れやすいのか、といった社会学的な観点からの分析は十分に進んでいない(Allum 2011)。そこで本報告では、2016年に実施された「政治と科学に関する意識調査」のデータ(N=1570)を用いて、上記の問題について行った分析について報告する。同調査では、血液型性格診断・パワースポット・マイナスイオン・コラーゲンを含む健康食品、の4つについて、それらをどのくらい科学的だと思うかを尋ねている。この質問群への回答データに対して探索的因子分析を行った結果、占いやスピリチュアルを中心とした第一種疑似科学の受容と、科学的概念の誤用や統計的推論の誤りによって特徴づけられる第二種疑似科学への受容、という池内(2008)の分類と整合的な2因子を抽出した。そして、それら2因子の因子得点を被説明変数とする重回帰分析によって、以下のことが示された。第一に、統計・確率の知識を持つことは第一種の受容は引き下げるが第二種のそれとは関連がない。インターネットによる情報収集の頻度についても同様である。第二に、女性のほうが第二種を受容しやすいが、第一種についてはジェンダー差がない。第三に、自然科学系の知識や高校での理数系教育経験はいずれの受容にも効果がない。第四に、権威主義的な傾向がある人はいずれも受容しやすい。
文献:
Allum, N., 2011, "What Makes Some People Think Astrology Is Scientific?" Science Communication, 33(3): 341-66.
池内了, 2008,『疑似科学入門』岩波新書.
5-3 岡本哲明(東北大学)・石井 敦(東北大学)
論文引用ネットワーク分析の国際政治学への適用―─臨界負荷量の認識共同体を事例として
本研究では、論文引用ネットワーク分析を国際政治学の事例に適用し、新たな知見を得ることを目標とする。具体的事例としては、長距離越境対汚染条約(LRTAP条約)の第二硫黄議定書で採用された「臨界負荷量 :critical loads」を取りあげる。トムソンロイター社のWeb of ScienceTM Core Collectionデータベースから”critical load”または” critical loads”のトピック検索を行うことにより論文データをとりだした。論文データの持つ引用情報を用いて、この論文データの論文引用ネットワークを作成した。この論文引用ネットワークを力学モデルでグラフ描画し、目視によるコミュニティの識別・抽出を行うことで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する論文と思われる論文集合を抽出した。発表では、抽出された論文集合を用いて、共著者ネットワークや著者間引用ネットワークなど、人をノードとしたネットワーク分析を行うことで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する認識共同体の実体に関する考察を示したいと考えている。また、余裕があれば、ネットワークの時間発展の分析や、抽出された論文集合が形成される前の著者間ネットワーク等の分析をすることで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する認識共同体の生起過程や時間発展の様態についても考察したいと考えている。
5-4 野島那津子(東京大学・日本学術振興会)
線維筋痛症マトリックスの予備的考察
線維筋痛症(fibromyalgia; FM)は、身体の広範な部位の慢性疼痛とこわばりを主症状としながらも、検査では異常が認められず、疲労感、睡眠障害、抑うつ気分など多様な副症状をともなう疾患とされる。FMに対する医師の態度は、その主要領域のリウマチ医でさえ、「病名の認識はあるが、疾患の存在に否定的であり、診療に対して拒否的」な医師が多い(松本 2015)。しかし一方で、責任病巣の特定や客観的な診断マーカーの探索に向けた研究が行われ、FMに特化した薬が開発されており、患者はますますFMの病態解明・治療に期待を寄せている。
こうしたFMをめぐる社会的状況を、I. ハゼメイエルとJ.J. ラスカー(2003)は「治療領域」と呼んでいる。I. ハッキングの「マトリックス」に影響を受けたこの概念は、実在する異種混交の医療領域であり、そこには人々や彼らの思考、実践、そして医療テクノロジーがさまざまな形で共在し相互に作用している。分類基準やそれによってもたらされる疾患イメージは、患者の病に対する意識を変え、新たな態度を生み出す。そうした患者側の動きが、病態や治療法にかかわる研究開発の動因となって、FMの疾病概念が書き換えられる。しかし、こうした「ループ効果」の一方で、FMは医学界で論争の的になり続けており、患者は疾病利得を享受するものの症状は改善せず、さまざまな類似疾患を併発する。ハゼメイエルとラスカーは、FMの予防と治療のためには、FMのラベルを貼る役割がリウマチ医から患者団体に取って代わられた「治療領域」を根本的に変える必要があると論じている。
報告では、ハゼメイエルとラスカーの論考に加え、FMの定義の変遷を追ったF. ウォルフとB. ワリット(2013)等を援用しながら、FMをめぐる概念、アクター、実践、テクノロジー等を整理し、FMマトリックス考察のための見取り図を示したい。
13:00-17:30
シンポジウム:科学技術と戦争
司会:西村 明(東京大学)
パネリスト:
吉岡 斉(九州大学)
佐藤 靖(科学技術振興機構)
喜多 千草(関西大学)
松本三和夫(東京大学)
日時:2016年10月29日(土)、30日(日)
場所:東京大学本郷キャンパス法文1号館
地図:http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_01_j.html
参加費:会員2,000円 非会員3,000円
懇親会費:会員・非会員5,000円 学生会員・学生非会員3,000円
10月29日(土)
9:30-11:30
セッション1:環境・技術・意思決定
司会:定松 淳(東京大学)
1-1 辻 信一(名古屋大学)
技術基準としてのトップランナー方式の導入過程
1998年(平成10年)6月に改正されたエネルギーの使用の合理化に関する法律[1](省エネ法)(昭和54年6月22日法律第49号)において、いわゆる「トップランナー制度」が導入された。この制度は、民生用のエネルギー消費機器のうちエネルギー消費量が顕著なものを「特定機器」として指定し、省エネルギー性能(エネルギー消費効率など)の目標基準値およびそれを達成するまでの期間を定めて、当該機器の製造者などに対してその目標の達成を求める制度である。
目標基準値制定時における当該機器のうち最高の性能を有するものを参考にして、その後の技術進歩を考慮して目標基準値を設定するところから「トップランナー制度」あるいは「トップランナー方式」と呼ばれる。1999年(平成11年)4月の施行以来、民生品の省エネルギー対策に効果を発揮している。
この制度に関しては、これまで、その効果についての経済学的分析をはじめ、多くの研究がなされているが、この制度について、これを技術水準を基準として設定された環境規制値(いわゆる「技術基準」)の1つの形態と捉えて、その政策誘導における意義や導入経緯について研究したものは、あまりないように思える。本稿では、設定される「目標」としての性質を帯びた基準値が通常の基準値とは意味合いを異にすることに焦点を当て、制度の導入に携わった当時の通商産業省の担当者へのインタビューなども参考にして、技術基準という観点からこの制度がどのような性質を持ち、どのような着想に基づき導入されたのか、その経緯と意義を明らかにする。
[1] この法律の名称は、平成25年改正で名称が改正され、現行の「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」に変更された(「等」が加えられた)。
1-2 楠美順理(中京大学)
「意思決定」支援のための望ましい教育像について
科学技術に関する教育や環境教育において、考える力を伸ばす教育の重要性は繰り返し強調されてきた。また、3.11を受けた日本において原発の是非についての判断を促す教育は極めて重要である。これらから、考えることつまり思考のうち、特に判断-つまり意思決定-に注目し、その望ましい教育像について論じる。
意思決定理論は一般に規範的アプローチと記述的アプローチに分類される。前者は望ましい意思決定を支援するためのもので、後者は意思決定のあり方がどのようかを理解しようとするものである。
筆者はまず、私的な意思決定の枠組みを次の4点に整理した。1)判断の選択肢となる具体的代替案の整理、2)判断の根拠となる論点の整理、3)論点ごとの判断、4)包括的判断の4段階を踏むこと。以上4点は、規範的アプローチからの意思決定理論の一つの整理に該当する。
次に、環境教育における意思決定についての教育がどのような枠組みで実践されてきたかをレビューした。“Environmental Education Research”、“Journal of environmental education”、日本環境教育学会『環境教育』一誌の計三誌を対象に、オンラインで検索可能な過去50年間の論文をレビューした。この内、「判断力」ないし「意思決定」というキーワードがヒットした文献は数えるほどしかなく、判断力ないし意思決定の教育の枠組みを論じたものは一編のみであった。そしてそこでの意思決定の枠組みは1~4と同様のものであった。
以上から、上記の1~4の意思決定の枠組みに基づく具体的教育方法の検討が必要と捉えている。この考え方から、原発の是非をめぐる教材を開発・実践し、一定以上の評価を得てきた。将来的には、私的な意思決定であっても、他者との関わりを想定する記述的アプローチからの視点も含めたい。
1-3 伊藤 康(千葉商科大学)
環境政策とイノベーション――高度成長期日本の硫黄酸化物対策の事例研究からの考察
環境政策がイノベーションを促進するためには何が必要か。これは依然として、環境経済学という学問分野における重要なテーマである。本書は、高度成長期(1960年代から70年代半ば)の日本における硫黄酸化物対策(SOX)排出規制およびその関連政策が、その削減にどのように寄与したのか検討することを通じて、この問題について考察している。
SOXは、高度成長期日本の代表的な大気汚染物質であり、一時は全国各地で甚大な被害を発生させたが、比較的短期間のうちに大幅な排出削減を達成することができた。日本の高度成長期の公害対策は、経済に大きなダメージを与えることなく大幅に環境改善を成し遂げた分野が多いことから「成功した」と評価されることが多いが、SOX対策はその典型と言ってよい。SOXの大幅削減には、当時からすれば「画期的」および「漸進的」イノベーション(排煙脱硫、重油脱硫、LNG等)が寄与した。一般に、環境規制と技術開発・イノベーションについて言及される際には、「環境規制を導入・強化したので技術開発が進み、イノベーションが起きた」と捉えられることが多いが、そのような単線的な関係のみがあるわけではなく、「ある程度技術開発が進んだので、厳しい環境規制を導入することが政治的に可能になる」という面もある。すなわち、環境規制と技術の間には「相互依存関係」が存在しているが、本報告では環境政策の形成プロセスとそれへの反応を丁寧にフォローすることで、この視点を重視した。そして状況証拠を積み上げるという形で、日本のSOX対策に関してこれまで明らかにされていなかった事柄(何故一部の企業が積極的に環境対策を行ったのか等)に対する解答を「仮説」としていくつか提示した上で、「アウトサイダー」の存在が適切な環境政策導入のためには重要な役割を果たすこと、それを許容するような環境政策の枠組みが、環境保全型技術開発を促進するためには必要であることを示した。
9:30-11:30
セッション2:公共性と専門集団
司会:三上剛史(追手門学院大学)
2-1 木原 英逸(国士舘大学)
公共性を騙る学協会――日本学術会議「報告 科学者から社会への情報発信のあり方について」を評す
2014年1月31日 日本学術会議 総合工学委員会・機械工学委員会合同 計算科学シミュレーションと工学設計分科会が「報告 科学者から社会への情報発信のあり方について」を公表した。「信頼に足る科学・技術の成果の上に立って」「適切なアドバイスがあってほしいという、国民の要求、期待があったにもかかわらず、現業組織が対処しなかったという」(「報告」7頁)「東日本大震災当時における科学情報、特にシミュレーション[計算予測]に関連する情報発信」の「遅滞や失敗の教訓と反省の上に立って」(5頁)、「現業組織の活動を支える」(7頁)「科学者からの自律的情報発信のために必要な組織とプロトコル[手続・手順のルール]整備」(ⅳ頁)を求める提案であった。
報告の目的は、公益的な現業組織と「行政から独立した自律的な科学者」の情報発信組織をどう作るかにあった。そして、作られた情報をどう発信するか、そのあり方にもっぱら焦点化して、自律性の確保、公益の確保を目指した。
しかし、その結果、報告はその目的を裏切って、自律性の点でむしろ脆弱な二段階組織を提案することになったのではないか。それは、二段階組織が独立した第三者の立場で貢献するとの前提が問われることがなかったからではないか。
東日本大震災後、公共性を騙って繰り返された学術界の対応の中で検討する。
2-2 芝崎美世子(大阪市立大学)
研究不正の事例からみた内部通報制度と公益通報者保護法の限界
近年、日本では、STAP細胞事件、ノバルティス事件など研究不正に関わる事件が大きく報道され、社会的な注目を集めてきた。これらの事件では、研究不正の原因として、研究者の資質や研究倫理教育の問題などが指摘されているが、研究体制や研究費配分など、様々な関係者の利益が複雑にからみあっており、研究者個人の問題にとどまらない。
このような研究不正については、研究者本人の倫理的な自主規制、科学コミュニティにおける相互規制、行政指針などによる行政的な規制、法律による法的規制などの規制が重層的に存在する。
現在、多くの企業や大学、研究施設では、2006年4月施行された公益通報者保護法などを受けて「内部通報制度」が設けられている。しかし、本法は、法案審議の当初から、公益通報を促すものとはいえず、かえって抑止するものとの指摘がある(「公益通報者保護法日弁連改正試案」2015)。近年の研究不正の事例を見ても、外部からの指摘や組織内からの「内部告発」がその発覚のきっかけとなっており、「内部通報」は、岡山大学解雇事件のように、研究不正の是正や抑止に効果が見られず、通報への抑圧を生じさせる傾向にある。
他方、過去の公害問題や環境問題などの訴訟においては、企業や行政からの情報公開が進んでおらず、外部の科学者や内部告発者からの情報提供が重要な役割を果たしてきた。本報告では、こうした科学者による「公益通報」について、近年の研究不正の事例を中心に、内部通報制度や法規制との関係を考察する。
2-3 立石 裕二(関西学院大学)
放射線疫学にかかわる科学者集団の社会学
福島第一原発事故のあと繰り返し批判の対象となってきたのは、「原子力ムラ」と呼ばれるような、原子力や放射線にかかわる科学者集団の特殊性である。島薗(2013)は多くの事実を発掘した上で、放射線影響研究にかかわってきた科学者集団の閉鎖性、政府や発電事業者とのつながり等を明らかにしている。ただ、こうしたエピソードは他の領域でも多かれ少なかれ見られることである。原子力・放射線だけの特殊性はあるのか。あるとすれば、それは何なのか。本研究の目的は、「ムラ」批判の問題意識を受け継ぎつつ、放射線影響にかかわる科学者集団の特殊性について、系統的データを用いて検証することである。放射線影響研究の中でも、ヒトへの長期的影響を知る上でもっとも重要な分野である「放射線疫学」に絞り込み検討した。
分析方法としては、疫学分野全体の研究者ネットワークを描き、その中での放射線疫学の立ち位置を検討した。データは科学研究費補助金データベース(KAKEN)からダウンロードしたものを用いた。グラフ可視化ソフトウェアGephiを用いて共同研究のネットワークを描いた上で、放射線疫学の研究の分布状況、原発事故後に政府系の会議に参加した研究者の立ち位置、批判的な立場で発言した研究者の立ち位置などを分析した。また、個々の研究プロジェクトの内容や、新聞記事・学会ニュースレター等から得られた各研究者の背景と照らし合わせて検討した。研究者ネットワークという形で可視化した上で議論することで、放射線影響にかかわる科学者集団がもつ構造上の特徴、およびそれが放射線影響をめぐる議論(立石 2015)に与えた影響を明らかにしたい。
【参考文献】
島薗進, 2013『つくられた放射線「安全」論 : 科学が道を踏みはずすとき』河出書房新社.
立石裕二, 2015「環境問題において不確実性をいかに議論するべきか : 福島第一原子力発電所事故後の放射線被曝問題を事例として」『社会学評論』66, 412–428.
12:00-12:40 理事会
12:40-13:20 総 会
13:30-15:30
セッション3:数理・理論
司会:志田基与師(横浜国立大学)
3-1 大林真也(東京大学・日本学術振興会)
社会学のなかの数理社会学――分析社会学の可能性
現在、いわゆる「社会学」と「数理社会学」の間には大きな溝が存在するように思われる。本発表では、社会学と数理社会学はどのような関係にあるべきか、またそのためには何をするべきなのかを議論する。そのための手がかりとして「分析社会学(Analytical Sociology)」を取り上げる。分析社会学は、経験的社会現象のメカニズムを解明するという目的を持った社会学の一分野であり、数理社会学(合理的選択理論)と近親関係にある。
その一方で、分析社会学の(実践的な)特徴として、数理社会学よりも、「経験的な現象」に力点を置いており、必ずしも数学的定式化を必要としないということがあげられる。そのため、他の多くの社会学で見られる経験的な研究とのつながりを持ちやすく、数理社会学がたびたびさらされる「抽象的な机上の空論」という批判からは免れやすい、という長所を持っている。しかし、数学定式化を必ずしも志向しないという点から、厳密な理論構築という数理社会学の持つ長所を持ってはいない。また、経験的な現象に焦点を当てる一方で、明確な理論志向を持っているわけではないという点から、その現象を説明できるだけのアドホックな分析の提示に陥る危険性もはらんでいる。
このような分析社会学が独自に社会学のなかで一定のシェアを占めるようになるのか、あるいは社会学と数理社会学をつなぐ仲介的な役割を担っていくのか。分析社会学の特徴や具体的な研究を吟味することを通じて議論していく。
3-2 金井雅之(専修大学)
数理社会学は政策提言にどのようにかかわりうるか―― 可能性と限界
社会現象の生起メカニズムを「モデル」を用いて分析的に解明しようとする数理社会学は,明らかになったメカニズムに対して適切な介入をおこなうことによって,より望ましい社会的な結果をもたらすための政策提言をおこなえる潜在的可能性を秘めている.このことは,数理社会学の目的をめぐる国内外の言説においてしばしば指摘されてきたものの,現実にはすべての数理社会学的研究がこの目標を達成できているとは言いがたいのが現状である.
そこで本報告ではまず,数理社会学ないしそれに相当する国内外の社会学の潮流(たとえば分析社会学)における,研究コミュニティの目指すべき方向性についての言説において,政策への関与がどのように位置づけられてきたかを学説史的にレビューする.その上で,国内外の数理社会学ないしそれに相当する潮流における代表的な研究のいくつかをとりあげ,政策提言との距離,およびどうすれば政策提言につながるような形に発展させられうるのかを検討する.最後に,政策提言に関与することが,学問的および社会的に,どのような潜在的問題点を含みうるのかについても検討したい.
3-3 前嶋直樹(東京大学)
闇を削りとる社会調査――Webスクレイピングを用いた調査の可能性と諸問題
社会科学において,近年,ビッグデータに対して非常に強い注目が集められている.ビッグデータの社会学への活用については,それが従来の社会調査と比べた時に桁外れに大きいサンプルサイズを扱うことから,その量的な変化に目が向きがちだが,実際には,そこには社会学理論に思いもよらぬ変容を迫り,全く新たな研究領域を生み出すポテンシャルが存在する.本報告では,主に欧米を中心とするビッグデータを用いた社会学的研究の動向を整理し,その後,インターネット上に存在する有意味なデータを収集する手法である「Webスクレイピング」が持つ可能性を,報告者が過去に行ったいくつかの研究事例を引きながら,質問紙調査などの伝統的な社会調査の技法と対照する形で論じる.Webスクレイピングは,例えば性産業のように,従来はフィールドワークなどのsmall-Nの質的研究が担ってきたようなアクセスが困難な対象について,量的な輪郭を得ることを可能にするという点で,社会調査の新たな道を拓く.しかし一方で,Webスクレイピングを行うに際しては法的・倫理的な問題が付随するため,これらの問題点や限界についても同時に議論する.
討論者:有田 伸(東京大学)
ある社会の構造や制度的な特徴を理解するために、社会間での比較研究は有益な方法の1つである。このような比較社会研究はさまざまなアプローチに基づくことができるが、本発表では、複数の社会を対象とした社会調査を実施することによるメリットについて考えてみたい。比較社会調査は、得られたデータの計量分析によってそれぞれの社会のあり様を確かな形で示してくれるだけでなく、複数の社会に対して適用可能な調査票を作成し、実際に調査を行うというそのプロセス自体を通じ、各社会の特徴が鮮明な形で露わにされ得るという効用をもつ。
発表者が携わった2005年SSM(社会階層と社会移動)韓国調査も、韓国の、そして日本の社会についての新たな発見をもたらしてくれるものであった。2005年のSSM調査では、日本社会で実施されてきたものと同様の調査を韓国、台湾においても実施することとなったのであるが、韓国社会は日本社会と比較的似通った部分が多く、また言語面でも大きく類似しているため、調査票を翻訳し、韓国のひとびとが違和感なく回答できるよう質問文を調整することはそれほど難しくないと当初考えられた。しかし、実際にはその過程において、「調査対象者の従業上の地位・雇用形態」というきわめて基礎的な質問項目が、そのままの形では韓国社会には適切に適用され得ない、という予想外の事態に直面することとなった。
この経験から発表者は、日本の社会調査において尋ねられている「従業上の地位・雇用形態」とは、客観的に定義されるカテゴリーというよりも、社会の構成員自身によって特徴的な形で構築されたカテゴリー体系であるという事実に気づくことができた。本発表では、このような比較社会調査の経験や政府の雇用統計の移植過程等の検討を通じて得られた知見について、さらには社会調査というプロセスが比較社会研究にもたらすメリットについて、より詳しく論じていきたい。
16:00-18:00
セッション4:科学技術政策における「コミュニケーション」主義批判――「構造災」の視点からの比較検討
司会:寿楽浩太(東京電機大学)
4-1 朝山慎一郎(国立環境研究所)
気候変動問題で問われていないのは何か?――科学の単線モデルが作り出すコミュニケーションの断線をめぐる一考察
気候変動をめぐるコミュニケーションには様々な断線が走っている。それは巷でよく言われる、人為的な地球温暖化の科学的根拠に関する「主流派科学」対「温暖化懐疑論」といった論争の類のものではない。むしろ、より深刻な裂け目は、科学者や環境NGO、産業界、政府関係者等の気候変動の専門家コミュニティの「熱狂」と一般市民等の他の社会アクターの「無関心」の間にあり、このコミュニケーションのずれは、根本的には、科学による問題設定のフレーミングを大前提に政策決定を促進しようとする「単線モデル」あるいは「科学第一主義」と呼ばれる政策決定のあり方にあるのではないか。
2015年末のCOP21で締結されたパリ合意は、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて「2℃未満」に抑えることをその長期目標に定めた。この合意を後押したのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による「科学的コンセンサス」に基づいた科学的助言である。しかし、パリ合意は気候変動政策の歴史的な転換として大きな称賛と期待を集める一方で、その合意の「2℃未満」の社会的な意味が広く社会全般に共有されているとは言い難い。むしろ、専門家の間では2℃目標の「必然性」はある意味で当然視され、「実現可能性」ばかりに議論の焦点が絞られている感がある。そこでは、なぜ2℃を目指すのが望ましいのか、2℃を達成した将来はどんな社会なのか、はほとんど語られない。
しかし、そもそも問われるべきは2℃目標をめぐった社会の様々な価値観・イデオロギーの問題であり、それにもかかわらず、科学による問題設定のフレーミングはそうした対立軸を覆い隠すだけでなく、お互いの価値観の違いを超えて依拠すべき(規範的な)共通項の形成をも間接的に阻んでしまっているのではないだろうか。本発表では、そうした気候変動のコミュニケーションの断層の構造的な背景について批判的に検討したい。
4-2 標葉隆馬(成城大学)
日本の科学技術コミュニケーションに潜む課題――再生医療の事例から
本研究では、幹細胞・再生医療研究を事例に、研究者と一般回答者の間のコミュニケーションに対する意識の差異を浮き彫りにすることで、科学コミュニケーション活動が持つ関心と政策的背景の課題を検討する。
幹細胞・再生医療は、ヒトiPS細胞の樹立を始めとして、近年わが国発の様々なブレークスルーが登場している。またより最近では、また理化学研究所においては、ヒトiPS細胞を用いた加齢黄斑変性治療の臨床試験がスタートするなど、幹細胞・再生医療分野は重点領域としての存在感と共に、その注目度をますます高めつつある。しかしながら、幹細胞・再生医療研究においてもコミュニケーション活動の推進が議論されてきた一方で、コミュニケーション活動を巡る「一般の人々の関心事項」と「研究者側の伝えたい事柄」の差異といった、基本的な情報の収集は十分に行われていない。幹細胞・再生医療研究のような倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: ELSIs)の議論を図らずも含むこととなる萌芽的な科学技術領域のコミュニケーションでは、なおさらこのような差異の有無、あるいは関心の違いの実態について敏感である必要があるだろう。またこれまでのコミュニケーション活動と同様に繰り返される構造的な問題は隠れてはいなかっただろうか。
このような背景から、本調査では、一般の人々と研究者、それぞれの関心事を明らかにすると共に、両者の間の関心と意識の差異について検討した。その結果から、活動面、また政策面までも含めた、これまでの科学コミュニケーション活動をめぐる課題について検討を加える。
4-3 寿楽浩太(東京電機大学)
「理解活動」主義が再生産する政策の失敗軌道――高レベル放射性廃棄物処分政策における「構造災」の一兆候
発表者は過去3回の本学会大会で、日本における高レベル放射性廃棄物(HLW)の処分問題に関して、表面的な政策見直しとは裏腹に、実際には政策の失敗軌道が継続・再生産されている可能性を「構造災」(松本2012)の視点から批判的に検討し、報告してきた。
既報の通り、問題に関して何らかの「進展」が見られる諸国では、早期に「価値選択」の議論を経て原則や方針についての明確な合意を得る努力や、内外の失敗経験を含む専門知(学術的な知や実務家や政策担当者が有する実践的な知)を常に積極的に収集し、その含意を自らの政策や事業に継続的に反映させるための様々な工夫が認められる。
しかし、日本の政策形成・実施過程では、3.11災害後の政策見直しにもかかわらず、この問題を依然として「処分場の立地問題」とみなし、安全上の懸念の払拭を目指すという、福島原発事故以前からのフレーミングが継続している(寿楽2013, 2016)。
この結果、例えば政府・推進機関による「シンポジウム」等においても、彼らがHLW地層処分の安全性や必要性、あるいは立地プロセスの妥当性を訴えるのに対し、一般参加者からは原子力政策の見直しの要求や立地における原則的考え方(例えば処分場の箇所数や都市—地方間の負担の分配)についての意見が出されるなど、実態としての「コミュニケーション」は不全のまま「理解活動が成果を挙げた」という総括がなされるなどしている。
こうした現状が、政策の失敗軌道修正に向けた相当の努力を経た上でのことである点は、まさに「構造災」の重大な兆候とも言える。本セッションでの他分野にかんする報告にも目配せをし、批判的かつ建設的な検討を加えたい。
討論者:田中幹人(早稲田大学)
10月30日(日)
9:30-11:30
セッション5:理論・学説
司会:小松丈晃(東北大学)
5-1 菊地宏樹(東京大学)
経営学における技術の社会的形成アプローチとその応用可能性について――新幹線の発展過程を例に
従来の経営学の研究においては、技術決定論的な見方を前提に置く研究が多く、組織は技術の特性に基づいて受動的に決定されるという想定が主流であった。経営学の有名な分野である製品アーキテクチャー論もこういった想定が置かれている。しかしながら、昨今、企業の経営環境が急速に変化するようになったことで、大企業ですら明日も知れない状況になっており、このもとで企業が存続していくには、適切なタイミングで組織の構造を素早く変更するのはもちろん、社会、および、組織側が技術を能動的に管理していくことも求められるだろう。こうした問題意識から、近年の経営学ではイノベーション論・製品開発論において技術の社会的形成(Social Shaping of Technology : SST)分野の研究を参照し、取り入れようとする試みが見られる。その例が、「研究アプローチ」としてのSSTを提唱した原(2007) であり、SSTのレビューを丁寧に行い、経営学との接合可能性を検討した宮尾 (2013) である。また、解釈の柔軟性を用いて技術システムの構造化理論を提唱した加藤 (2011) もSSTに対して高い親和性を持っていると考えることができよう。
本報告では、以上のような研究を踏まえて東海道新幹線を中心とした新幹線発展の過程の調査・分析を行う。日本で最初の新幹線である東海道新幹線開業以来、新幹線は技術的な要因と社会的な要因が複雑に絡み合って発展を遂げてきた。世界に類を見ない200km/hを超える速度で開業しておきながら、20年にわたりその速度が据え置かれていたという事実にもその一端を見出すことができるであろう。こうした込み入った事実を公表されている資料や関係者へのインタビュー調査から明らかにし、研究開発に対して社会的主体が能動的に関与できる可能性を模索する。
5-2 山本耕平(京都大学)
疑似科学の科学性評定にかんする計量分析――政治と科学に関する意識調査(PIAS)より
本報告では、どのような人びとが疑似科学を科学的なものとして受容しやすいのかについて定量的な分析を行う。従来、疑似科学の受容や利用に関する実証的研究は心理学的なメカニズムに注目するものが多く、どのような人びとが疑似科学を受け入れやすいのか、といった社会学的な観点からの分析は十分に進んでいない(Allum 2011)。そこで本報告では、2016年に実施された「政治と科学に関する意識調査」のデータ(N=1570)を用いて、上記の問題について行った分析について報告する。同調査では、血液型性格診断・パワースポット・マイナスイオン・コラーゲンを含む健康食品、の4つについて、それらをどのくらい科学的だと思うかを尋ねている。この質問群への回答データに対して探索的因子分析を行った結果、占いやスピリチュアルを中心とした第一種疑似科学の受容と、科学的概念の誤用や統計的推論の誤りによって特徴づけられる第二種疑似科学への受容、という池内(2008)の分類と整合的な2因子を抽出した。そして、それら2因子の因子得点を被説明変数とする重回帰分析によって、以下のことが示された。第一に、統計・確率の知識を持つことは第一種の受容は引き下げるが第二種のそれとは関連がない。インターネットによる情報収集の頻度についても同様である。第二に、女性のほうが第二種を受容しやすいが、第一種についてはジェンダー差がない。第三に、自然科学系の知識や高校での理数系教育経験はいずれの受容にも効果がない。第四に、権威主義的な傾向がある人はいずれも受容しやすい。
文献:
Allum, N., 2011, "What Makes Some People Think Astrology Is Scientific?" Science Communication, 33(3): 341-66.
池内了, 2008,『疑似科学入門』岩波新書.
5-3 岡本哲明(東北大学)・石井 敦(東北大学)
論文引用ネットワーク分析の国際政治学への適用―─臨界負荷量の認識共同体を事例として
本研究では、論文引用ネットワーク分析を国際政治学の事例に適用し、新たな知見を得ることを目標とする。具体的事例としては、長距離越境対汚染条約(LRTAP条約)の第二硫黄議定書で採用された「臨界負荷量 :critical loads」を取りあげる。トムソンロイター社のWeb of ScienceTM Core Collectionデータベースから”critical load”または” critical loads”のトピック検索を行うことにより論文データをとりだした。論文データの持つ引用情報を用いて、この論文データの論文引用ネットワークを作成した。この論文引用ネットワークを力学モデルでグラフ描画し、目視によるコミュニティの識別・抽出を行うことで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する論文と思われる論文集合を抽出した。発表では、抽出された論文集合を用いて、共著者ネットワークや著者間引用ネットワークなど、人をノードとしたネットワーク分析を行うことで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する認識共同体の実体に関する考察を示したいと考えている。また、余裕があれば、ネットワークの時間発展の分析や、抽出された論文集合が形成される前の著者間ネットワーク等の分析をすることで、LRTAP条約体系の臨界負荷量に関する認識共同体の生起過程や時間発展の様態についても考察したいと考えている。
5-4 野島那津子(東京大学・日本学術振興会)
線維筋痛症マトリックスの予備的考察
線維筋痛症(fibromyalgia; FM)は、身体の広範な部位の慢性疼痛とこわばりを主症状としながらも、検査では異常が認められず、疲労感、睡眠障害、抑うつ気分など多様な副症状をともなう疾患とされる。FMに対する医師の態度は、その主要領域のリウマチ医でさえ、「病名の認識はあるが、疾患の存在に否定的であり、診療に対して拒否的」な医師が多い(松本 2015)。しかし一方で、責任病巣の特定や客観的な診断マーカーの探索に向けた研究が行われ、FMに特化した薬が開発されており、患者はますますFMの病態解明・治療に期待を寄せている。
こうしたFMをめぐる社会的状況を、I. ハゼメイエルとJ.J. ラスカー(2003)は「治療領域」と呼んでいる。I. ハッキングの「マトリックス」に影響を受けたこの概念は、実在する異種混交の医療領域であり、そこには人々や彼らの思考、実践、そして医療テクノロジーがさまざまな形で共在し相互に作用している。分類基準やそれによってもたらされる疾患イメージは、患者の病に対する意識を変え、新たな態度を生み出す。そうした患者側の動きが、病態や治療法にかかわる研究開発の動因となって、FMの疾病概念が書き換えられる。しかし、こうした「ループ効果」の一方で、FMは医学界で論争の的になり続けており、患者は疾病利得を享受するものの症状は改善せず、さまざまな類似疾患を併発する。ハゼメイエルとラスカーは、FMの予防と治療のためには、FMのラベルを貼る役割がリウマチ医から患者団体に取って代わられた「治療領域」を根本的に変える必要があると論じている。
報告では、ハゼメイエルとラスカーの論考に加え、FMの定義の変遷を追ったF. ウォルフとB. ワリット(2013)等を援用しながら、FMをめぐる概念、アクター、実践、テクノロジー等を整理し、FMマトリックス考察のための見取り図を示したい。
13:00-17:30
シンポジウム:科学技術と戦争
司会:西村 明(東京大学)
パネリスト:
吉岡 斉(九州大学)
佐藤 靖(科学技術振興機構)
喜多 千草(関西大学)
松本三和夫(東京大学)