セッション5:理論・学説
5-3 ルーマンのリスクコミュニケーション論の意義
井口 暁(京都大学)
本報告では、J・ハーバーマスの合意論とそれに対抗して提起されたA・ハーンとN・ルーマンの「了解Verständigung」論の内容を比較検討することで、前者の抱える問題点を明確化し、後者の切り開いた新たな見方の意義を明らかにすることを目指す。そして、ハーバーマス理論を下敷きとする目下のリスクコミュニケーションの実践とは異なる、オルタナティヴな対話のあり方について検討することを目指す。
周知のようにハーバーマスは、価値の多元化した社会においていかにして異質な他者との紐帯を維持できるかを問い、他者との「了解」を志向するコミュニケーション的行為に支えられた「討議」を通じて「誰もが納得しうる合意」を確保することによって、と答えた。
それに対してハーンは、意識システムと社会システムの峻別というシステム理論の視点から、人々の完全な「相互理解」や「合意」は実現不可能であるだけでなく、まさにそれらを目指すからこそコンフリクトが先鋭化し他者との共存が不可能になってしまうのであり、むしろ合意の追求をやめることが他者と了解する=折り合うためには不可欠だという独自の了解論を提起した。
ルーマンは、この議論を発展させながら、リスク論の文脈で独自の了解論を展開した。彼は、「了解」を、主観的同意から区別される「コミュニケーション上での受容」に限定し、心的・主観的な不合意=差異と両立しうる、過度な一致を回避しうる概念化を行った。さらに、人々の自由な討議を重視するハーバーマスとは反対に、了解実現のためには、コミュニケーションの切断・中断をもたらしうる過剰な要求や発言を制限する「討論制限規則gag rule」が必要だと指摘した。この構想には問題点もあるが、あくまでもコミュニケーションの接続・継続の確保に照準を合わせる彼の戦略は、対話の不在が顕著なポスト3.11の現状を考える上でも重要なヒントを与えてくれる。
セッション5:理論・学説
5-3 ルーマンのリスクコミュニケーション論の意義
井口 暁(京都大学)
本報告では、J・ハーバーマスの合意論とそれに対抗して提起されたA・ハーンとN・ルーマンの「了解Verständigung」論の内容を比較検討することで、前者の抱える問題点を明確化し、後者の切り開いた新たな見方の意義を明らかにすることを目指す。そして、ハーバーマス理論を下敷きとする目下のリスクコミュニケーションの実践とは異なる、オルタナティヴな対話のあり方について検討することを目指す。
周知のようにハーバーマスは、価値の多元化した社会においていかにして異質な他者との紐帯を維持できるかを問い、他者との「了解」を志向するコミュニケーション的行為に支えられた「討議」を通じて「誰もが納得しうる合意」を確保することによって、と答えた。
それに対してハーンは、意識システムと社会システムの峻別というシステム理論の視点から、人々の完全な「相互理解」や「合意」は実現不可能であるだけでなく、まさにそれらを目指すからこそコンフリクトが先鋭化し他者との共存が不可能になってしまうのであり、むしろ合意の追求をやめることが他者と了解する=折り合うためには不可欠だという独自の了解論を提起した。
ルーマンは、この議論を発展させながら、リスク論の文脈で独自の了解論を展開した。彼は、「了解」を、主観的同意から区別される「コミュニケーション上での受容」に限定し、心的・主観的な不合意=差異と両立しうる、過度な一致を回避しうる概念化を行った。さらに、人々の自由な討議を重視するハーバーマスとは反対に、了解実現のためには、コミュニケーションの切断・中断をもたらしうる過剰な要求や発言を制限する「討論制限規則gag rule」が必要だと指摘した。この構想には問題点もあるが、あくまでもコミュニケーションの接続・継続の確保に照準を合わせる彼の戦略は、対話の不在が顕著なポスト3.11の現状を考える上でも重要なヒントを与えてくれる。