ウォルター・リップマンがU. S. Foreign Policy: Shield of the Republic (1943) で展開した外交論から、米国において、求められる対外政策と投入できる資源の差を「リップマン・ギャップ」と呼ぶ。第2次大戦以降、対外関与を常態化した米国の対外政策担当者にとって「リップマン・ギャップ」を埋めることは重要な課題であり、特に多くの資源を必要とする軍事面ではその要請が大きい。 一国の歴史や文化に根差した戦略上の特徴を「戦略文化」というが、米国の戦略文化の1つに科学技術重視があり、米国は軍事面での「リップマン・ギャップ」を埋めるため、冷戦以降3度に渡り「相殺戦略(offset strategy)」と呼ばれる科学技術の活用による抑止力強化に取り組んだ。「第1の相殺戦略」とは、50年代に、ソ連の通常戦力に対する数的劣勢の相殺を目的とした核戦力の大幅増強(大量報復戦略)であり、「第2の相殺戦略」は、ソ連の通常兵器の進歩と対米核均衡への対応を目的とした、70~80年代にかけてのIT技術を駆使したステルス機や精密誘導兵器などの開発であった。そして現在「第3の相殺戦略」が進められており、そこではロボティクス、自律システム、小型化技術、3Dプリンタなどを新兵器体系の構築に積極的に活用することを想定している。「第2の相殺戦略」以降、米国はハイテクを駆使した新通常兵器体系の構築に傾斜しており、今後は民生技術のスピン・オンのさらなる加速が想定される。 本報告は、科学技術と国際関係の相互作用の事例としての米国の戦略文化形成について、「リップマン・ギャップ」と「3つ相殺戦略」の関連に注目して検討する。